リトル・リーグの季節

 月曜日、初めて息子の野球の試合を見に行く。春は野球シーズン開幕の季節。秋のサッカー・フットボール、冬のバスケットボールに続き、スポーツシーズンのフィナーレともいうべき野球(ベースボール?)は、少年スポーツの中でも花形の感がある。いいのか、悪いのか、プロ・スポーツの影響だろう。年間162試合もこなすMLBは試合数や集客数から見てNFLNBAとは別格だし、国民的スポーツと呼ばれる理由は確かに存在する。
 彼が属するR.U.G.リトル・リーグは、すべてナ・リーグのチーム名で成り立っていて――ドジャーズ、メッツ、レッズ、パイレーツ、カブス――シーズン終了間際には、コーチ推薦選手による地域対抗オールスターゲームまであるというから立派なものだ。息子のチームはドジャーズで青いユニフォーム。この日の対戦相手はメッツだった。
 うちは今まで春休みといえば日本に一時帰国していたので、実は今季が彼のリトル・リーグデビューの年。つまりルーキーというわけだけど結構打つのがうまく、試合ごとにヒットを打っているそうで感心した。それにみんな守備が上手だよ〜、このレベルでここまでできるとは正直予想していなかった。メッツには負けてしまったけれど、こんな風にスポーツを楽しめるって幸せなことだ。
 当地で野球といえば、どうしても欠かせない絵本がある。『Baseball Saved Us』(邦訳『かこいをこえたホームラン (世界の絵本)』)は、第二次世界大戦中の日系人収容所体験と社会状況を伝える歴史フィクション絵本だ。日本の米英への対決姿勢を背景に、当時日系人たちは米国人として戦地に赴くか、日本人として収容所に入るかの選択を迫られた。この絵本では、殺伐とした砂漠の収容所生活の中で、野球を通じて人間性を回復していく少年たちの姿が描かれる。
 日系三世の作者は地元出身なので、さまざまなところで声を聞く機会が持てた。米国西海岸在住者であれば日系人収容所の歴史は周知の事実だが、特に中西部以東では今でも知らない人が多いという。「知ってもらうために作品を書き、講演をして事実を伝えることが自分の作家としての使命である」――彼の家族は二世の両親、一世の祖父母を含め、みな収容所生活を送った経緯がある。911同時多発テロ事件以降、イスラム国家との闘争を激化させる米国にあって、異文化理解の必要性、相互理解の糸口を説くためにも、米国が犯した過去の過ちを伝えることこそ自分のライフワークとも話した。
 絵本のストーリーは収容所体験をした一少年の純粋な視点を通して、日系社会を取り巻いた当時の生活と背景を克明に語っていく。乾いた風が吹き抜ける空虚な砂漠の描写が、胸に迫る。ライフルを背に見張り台に立つ米兵のギラリと光る黒いサングラスも、わたしには強烈なイメージだ。
 戦後、米国社会で悪者呼ばわりされた日系・日本人たち。小さな子どもであれば、理由など何もわからなかったことだろう。米連邦政府が88年に謝罪するまで、誰も事実を語ろうとしなかったというから、受けた心の傷は根深い。今でも当地の日系コミュニティーは心情的に、当時の「米国同化組」と「収容所組」の2つに分かれていると聞く。この話題になると感情的になるおじいちゃん、おばあちゃんもいて、歴史は続いていることを思い知った。
 ドム・リーの描くセピア色がかった写実的なイラストは構図がすばらしく、静かに深く過去を物語る。息子は1年生のときに、学校で読んでもらったと言っていた。日系人の歴史を語るのに最も適した作品といえ、歴史の授業にもよく利用される絵本。原書のタイトルが、野球が日系社会で果たした役割をそのまま伝えている。(asukab)

Baseball Saved Us

Baseball Saved Us