『ちびくろサンボ』復刊によせて

 差別的表現が含まれるとして絶版措置の取られた『ちびくろサンボ』がこの冬、復刊された。日本社会の人権意識の低さを、世界に知らしめるできごとだ。戦争のない平和な社会なのかもしれないが、Politically Incorrect(PI)の概念が存在しない社会は、自己満足の社会と定義されてもしかたがない。この出版社は、他にも『シナの五にんきょうだい』を発行している。
 何が差別なのか? 子どもの本の基本は「安全」であることだ。その絵本を開いたときに、誰かに不快な気持ちがよぎれば、その作品はひとりの人間に心的危害・苦痛を与えたことになる。この不快が個人のレベルではなく、集団として社会のレベルで感じられるもの――それが「サンボ」や「シナ」という表現に示される差別である。
 絵本のイラストや内容は時代性を大きく反映する。奴隷制度、植民地支配、どれも歴史に刻まれているからこそ、再び繰り返してはいけないことは周知の事実である。そのような過去を単に物語がおもしろいからという理由で再びよみがえらせることは、社会的に許されない。苦痛を与える作品は、時代とともに消え去って当たり前なのだ。
 米国に滞在し、さまざまな国の子どもたちに囲まれていると、どんな視点からでもoffend(人の感情を害する、不快感を与える)にならない行動や発言を求められていることに気づく。相手の気持ちを思いやる努力が必要とされる。なぜなら、それが一市民としての当然のあり方だからである。
 この出版社は、少なくとも多くの米国の子どもたちから、racistのレッテルを貼られることだろう。社会的、人間的に見て、とても恥ずかしいことなのに、懐かしい、おもしろい絵本だからと何も疑問を抱かず商業至上主義に走る人々、乗せられる人々も同じことだ。その絵本を開き、嫌な思いをする人――子どもであればなおさら――がいるなんて、悲しいと思わないのだろうか。今回は、指摘を受けた昔の版を再版した点が、さらに問題の深さを物語る。(asukab)