哀しさから生まれた愉快な話『Roy Makes a Car』

 ハリケーンカトリーナの惨状は、米国の哀しさを露呈した。評論家たちは「米国は911から何も学んでいない」と連邦政府の非常事態体制を非難していたけれど、今回の被害はそういうことじゃない。階級社会の構造的な不条理が多くの命を奪ったこと――そういう被害だった。緊急避難といったって車のない人たちは家に残るしかない。低地の平屋住まいだったら洪水からの逃げ場もない。
 近代ヨーロッパ社会のシステムに組み込まれ生きているのだから、ここではヨーロッパ人以外の人間はみなハンディキャップを背負っている。個人主義と商業主義で成り立つ競争社会の米国だから、弱肉強食はあって当たり前。強い者はどんどん強く、弱い者はどんどん弱くなる構造は新しい文明が世を制しない限り永久に変わらない。嘆かわしいことだけど。でもね、差別が存在するから宗教は生まれたのであって、不条理に対抗している人たちがこの国にはたくさんいる。社会的に弱くなる分、人間のハートはとてつもなく強くなることも目の当たりにした。
 『Roy Makes a Car (Aesop Prize (Awards))』は米国南部に残る民話である。人種差別が当たり前だったころ、黒人コミュニティーはこういう愉快な話を作り出し日々のやるせなさを紛らわせていたんだと思う。突き破れない壁を笑い飛ばす明るさが、南部の口承文化には残る。
 ――ロイは地元フロリダでは名の知れた腕利き修理工さ。なにせ、あんたが「気化器(キャブレター)」って言ってる間にアクセルに油を注し終えちまうんだから。それにスパーク・プラグの掃除なんてじっと見つめるだけで済ましちまうんだぜ。こんなロイのことだから、わかるだろ。自分が満足する車には今までお目にかかったことがない。工場で作られた車はみんなカーブで他の車にぶつかっちまうからね。だから彼は思ったのさ、もし自分の思い通りに車が組み立てられたら、衝突事故なんて起こりっこないだろうって。――こうしてロイは、世にも不思議な夢のような車を作り出すのである。この車がすごい! ワクワクするところはストーリーテラーの腕の見せどころ。みんな固唾を呑みながら語りに耳を傾けるんだろう。最後に神さまが出てくるところは、南部のゴスペルらしい味わいで哀しくもあるけれど。
 本作品は、米国南部に伝わる有名なお話である。民話と聞くと昔話のような印象があるかもしれないが、これは20世紀当初の話だ。編集したのはハーレム・ルネッサンス運動でも知られるアフリカ系米国人ゾラ・ニール・ハーストン(1891−1960)。大恐慌時代、米国政府は連邦作家事業(FWP)と称して、各州に伝わる民間説話収集を促した。フロリダ州イートンヴィル育ちのハーストンは、黒人差別により報酬はゼロに等しいままの状態で地元文化への愛着から民話集めに尽力した。民話集が彼女の存命中には出版されなかったのは寂しいことだ。でも、こんなに美しく深いイラストで絵本として生まれ変わったから、これは祝福があったということだろう。
 ヨーロッパ、アジア、アフリカ、南米・北米先住民たち……みな根本的に文化が違うのである。識字文化を持たない文明を受け継ぐ人々に、理詰めの社会生活を押し付けても体質が合わないんだよね。価値観が違うのだから。でも世の中はヨーロッパ近代文明を基礎に回るので、この歯車に乗らないことにはお金も入らないし、幸せも生まれない。もちろん成功を収めている人だって数多い。じゃあ自分はどんな生き方をするのか――と問いかける。確実に言えるのは、生活物資さえあれば満足という質素な生活を送ることかなあ。商業主義とのお付き合いは最小限にとどめ、世界中どこで生きようと、質素、簡素、シンプル+絵本、これしかない。(asukab)

Roy Makes a Car (Aesop Prize (Awards))

Roy Makes a Car (Aesop Prize (Awards))