甘く芳ばしい、アップルパイのABC

 自分の夢や憧れを絵本に詰め込んだら、こんな作品になるんだろうなあと思った。『A Apple Pie』は、「食」「自然」「子ども」、そこに「優雅さ」を加え、甘く芳ばしい香りを放つ。英国の童謡「アップルパイのA」に描かれるAからZまでの光景は、アップルパイという西洋のお菓子にほんのりと魅せられた懐かしい気持ちを投影してくれた。グリーナウェイマザーグースやラッカムのおとぎ話を追いかけた十代の頃に、センチメンタル・ジャーニーといったところか。絵本の中ではビクトリア時代の子どもたち、ご婦人方、職人さんたちが、一切れのパイといっしょに豊かな時間をおすそ分けしてくれる。
 娘と読み進めるABC絵本は楽しい。「Apple pie」「Bit it」「Cut it」「Dealt it」「Eats it」「Fought for it」「Got it」――ページをめくるごと、こんな風にアップルパイを楽しんだよ、とささやく声が聞こえるよう。思わず身を乗り出して見入ってしまう光景が、次々に登場する。上品なイラストは、西洋絵画の真髄をいく。うっすら下書きの残されたレトロな筆記体は、100年の時を越えて華麗なアップルパイの日常を伝えてくれた。
 アップルパイには、思い出がある。高校生のとき、母がアップルパイ作りに夢中になり、よく焼いてくれた。学校に自家製パイを持っていき、クラスやクラブの友だちと分け合ったりもした。……何といっても、ぱりっとした皮にナイフを入れる瞬間と感触がたまらなかったなあ。今から思えば、パイの悦びは切り分けるときから始まっていたんだ。食する前からすでに、たっぷりと幸福感に浸っていたもの。……母のアップルパイにはカスタードクリームが入っていて、それがまた格別な味わいをかもし出していた。「世の中に、こんなにおいしいものがにあっていいの?」という感じで。大人になってからこのことを話すと、「あれ、そんなことあった?」と母らしい反応。また焼いてとリクエストすると、「うーんと、どうやって焼いたんだっけ」で、わたしのアップルパイ・メモリーはこけてしまうのだが、そのおかげでカスタードクリーム入りアップルパイは必ずマスターしたいお菓子のひとつになった。この味を子どもたちに知ってもらわない手はないものね。
 娘とABCを追いながら、アップルパイの魅力と思い出を味わった。(asukab)

A Apple Pie

A Apple Pie