おとぼけ賢者ゴハのお話集

 読み終わったとたん「ねえ、ゴハのチャプターブックってないの?」と覗き込むように尋ねてきた息子。イスラム教国では誰もが知っているという賢いおとぼけおじさんゴハのお話絵本『Goha The Wise Fool』を読み、すっかり主人公のキャラクターに魅せられたようだ。
 作品には笑い話、人生の教えなどの15話が、カイロ在住の刺繍家、ハグ兄弟の伝統的アップリケ刺繍によるイラストでほのぼの愉快に描かれる。一針一針縫い上げた絵の表情にアラブ文化のおおらかさを垣間見ることができ、心がほっこりしてくるなあ。くるくる大きな目をしたゴハの人柄が、ページからこぼれてくるような感じである。
 ゴハが生まれた場所はアラブ諸国であることは確かなのだが、どこなのかはっきりとわかっていない。13世紀のトルコという説もある。空想上の人物だとか、実在したとか、説法家であったとか。いずれにしても、たとえばサンタクロースがヨーロッパの地域や国ごとで少しずつ違う姿で描かれるように、ゴハの描かれ方もイスラム国の地域により違いがある。名前もエジプトではゴハ、他のアラブ国家ではユハ(ジュハ?)、トルコではホジャ・ナスルディン、イランではミュラ・ナスルディンと、所変われば……である。でも、たとえ風貌と呼称が変わっても、おとぼけで賢く、ときにいたずら者になるキャラクターは不変で、それが世代を越えて愛され続ける理由になっている。民話の力、ということになるのかな。
 わたしが好きだったお話は、ゴハが息子に「人が自分をどう思っていようと気にすることはない。自分の信じることを行うことこそが正しい」と人生の教えを諭すもの。ユーモアいっぱいに、人間とは何かを伝えてくれるエピソードだった。
 ゴハがロバを引きながら息子といっしょに隣町まで出かけたときのこと。自分がロバに乗り息子にロバを引かせていると人々から「自分が楽して、子どもがかわいそう」と言われた。そこで、自分が歩いて息子をロバに乗せると「親を歩かせるなんて、親不孝な子どもだ」と言われる。仕方がないので、2人でいっしょにロバに乗ると今度は「ロバがかわいそうだ」と言われ、最後に笑われることを承知で息子といっしょにロバをかつぐと「バカなことをしている」と笑いものにされる。ゴハの教訓――「万人を満足させることなどできるはずがない。だから、人が自分をどう思うかなど気にするな」。解説によれば、このお話がどの国でも1番よく知られているゴハのエピソードということだった。
 息子はゴハが自分で売ったロバをまた買い戻すお話が好きで、翌日再び「読んで」のリクエストが出た。彼のつぼにはまるゴハの人間らしさが好みだったようだ。(asukab)

Goha The Wise Fool

Goha The Wise Fool