The Adventures of the Dish and the Spoon おさらとおさじの大ぼうけん

 「Hey Diddle Diddle/The cat and the fiddle」で始まる英国童謡は、わたしが最初に覚えたマザーグースの歌である。息子が赤ちゃんの頃、「Wee Sing, Mother Goose」のテープを聴きながら童謡絵本を開いては歌っていた。だからミニ・グレイの新作『The Adventures of the Dish and the Spoon』を知ったときは、これぞ運命の絵本という勢いで飛びついてしまった。ところがいざ手にしてみると、童謡の優しい雰囲気はどこへやら。対極のイメージが意外。でもそれがまた新鮮に映る絵本でもあった。懐かしの調べは蓄音機から甘い音色となって流れ出し、おさらとおさじの駆け落ちシーンを演出していた。これは、おさらとおさじのその後を描く、ノスタルジックな冒険(恋愛)物語である。
 月光の下、大西洋を渡り、たどり着いた地はニューヨーク。時代は『グレート・ギャツビー (新潮文庫)』を想起させるから、1920年代だろう。大衆劇場で一儲けし華々しく上流生活を味わったのもつかの間、資金が底を突き、挙句の果てごろつきナイフ野郎に付きまとわれることになる。西部の荒野で命からがら逃げ延び、苦し紛れに思いついた行動は銀行強盗。しかし、一か八かの強行は成功するはずもなく、指名手配となっての逃亡中、おさらは割れ、本国へ強制送還。おさじは25年間刑に服した後、帰英となった。
 おさじの回想という形で語られる、ちょっぴり苦めのお話は飴色のノスタルジーに包まれる。バイオリンを弾く猫、月を飛び越える雌牛、それを見て笑う犬、そして逃げていく(駆け落ちする)おさらとおさじ――。赤ちゃん用品のイメージそのままの童謡だが、この絵本ではラグタイムの音楽が聴こえてくるような渋さで一大ドラマのベースになった。切ない気持ちが常に付きまとい、作者グレイの意図はいったい何なのだろうといくども問い返したけれど、単にこれもひとつの人生ということなのだろう。こんなお話があったよという、恋愛おとぎ話のようにも思われた。ひとりひとりの人生は、十人十色。おさらとおさじの人生もその中のひとつだった。
 話は変わり、このマザーグースの背景を探ってみると、猫はエリザベス女王1世、犬は彼女にかわいがられていた臣下ロバート・ダッドリー、おさらとおさじは厨房の使用人を指すという。何を風刺しているのか想像し始めると興味が尽きない。(asukab)
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  • 英版は書影がないので、今年8月発売の米版で。6月の光る月に照らされ駆け落ちしたおさらとおさじなので、発売は6月がいいんじゃないかなあ、などと余計なお世話

The Adventures of the Dish and the Spoon

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