Goin' Someplace Special ある夏の日のできごと

 夏休み2日目、息子と『Goin' Someplace Special (Coretta Scott King Illustrator Award Winner)』を読んだ。
 トリシア・アンの心は、弾んでいた。今日はひとりでバスに乗り、特別なところにお出かけする日だから。ワンピースのリボンを結んでもらい、「話したことすべてを心しておくんだよ」とおばあちゃんから念を押され、トリシア・アンは笑顔で一歩を踏み出した。
 絵本の舞台は1950年代、テネシー州ナッシュビル。バスに乗り、公園を通り、レストランやホテルの並ぶ繁華街を抜ける間、彼女が目にするのは、ジム・クロウ(Jim Crow)と呼ばれた人種差別政策の表示である。バスの座席や公園のベンチ、レストラン、ホテルの入り口のどこでも「黒人専用(Colored Section)」の文字が、彼女の晴れやかな気持ちを踏みにじった。ホテルに有名人が訪れたため、人ごみにまぎれてロビーに押し出されてしまったときなど、「何でここに入ってきたんだ? 黒人、お断りなんだよ!」と支配人から罵倒され、泣きそうになりながら走り出た。
 トリシア・アンのお話は、作者の少女時代の実体験である。この後、彼女は古い教会の跡地でおばあちゃんの知り合いに会い、勇気づけられる。「あなたはりっぱな人間よ、この世界のだれか以上でも以下でもなく。特別なところに行くのは、簡単な道のりじゃない。でも、あきらめようなんて思っちゃダメ。まっすぐ歩いて行くのよ、そうしたら、ちゃんと着くんだから」――。このヨーロッパ系の婦人や、街中での男の子の会話を聞くと、ジム・クロウ政策に反対していた人々が少なからず存在したことがよくわかる。南部黒人コミュニティーでは、不当な差別環境に子どもが適応できるか成長を見計らって、コミュニティー外に一人で出て行くことを許可したそうだ。うちも日本人だし、時代の中でこういう体験をするとしたら……、考えるだけで親として胸の引き裂かれる思いがする。
 さて、トリシア・アンの目指した特別な場所とは? 息子が建物に書かれた文字から一言つぶやいてくれた。この一行、歴史の中で、時間を超えて、ぐっと重みを持つ言葉である。(asukab)

Goin' Someplace Special (Coretta Scott King Illustrator Award Winner)

Goin' Someplace Special (Coretta Scott King Illustrator Award Winner)