Houdini: The Handculff King フディーニ 手錠をすりぬけた男

 1908年5月1日午前10時、マサチューセッツ州ボストン・ケンブリッジのハーバード橋は、黒山の人でひしめいていた。世紀の大魔術師ハリー・フディーニ*1(1874-1926)が、手足を施錠された状態で水中に飛び込み錠を破るショーを行おうというのだ。テレビもラジオもない時代、娯楽と言えば実際に出かけていき、踊りや楽器演奏、サーカスを楽しむぐらい。人々はフディーニの危険に満ちた奇術を一目見ようと、驚異の瞬間を待ち受けていた。愛する妻ベシーに接吻をして、フディーニが冷たいチャールズ川に飛び込んだ。
 グラフィックノベルHoudini: The Handcuff King』――。これは傑作だと思う。フディーニの人となりや当時のボストン周辺、米国文化などいろんなものが、一斉を風靡した100年前のできごとに詰め込まれ、読み応えたっぷりだった。巻末にある時代背景の解説が生き、自ずとフディーニってどんな人間だったのか、もっともっと知りたくなってきたし。実際はどうだったのか……という不明な部分を、妻との絡みで演出した技も粋だと思った。 
 さしあたり日本で言えば、歴史マンガみたいな位置づけになるのかとも思うが、いや、これは一味も二味も違いそう。バーモント州にあるThe Center for Cartoon Studiesの監修で作られた作品なので、ただ日本のマンガを英訳したというグラフィックノベルとは違うし、こっちでいうコミック風の劇画っぽくもない。アート風味を持ち合わせながら、しっかり人物や歴史を伝えようとする使命を持って練られた作品、そんな印象が残る。作者はシアトル在住ということで、今後も注目していきたい。(asukab)
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  • 表紙は、フィラデルフィアのマーケット・ストリート橋から飛び込んだ別のショーの場面

Houdini: The Handcuff King

Houdini: The Handcuff King