The Tinderbox アンデルセンの「火口箱」

 アンデルセンの『Tinderbox』を娘と読みました。「火口箱」というタイトルは、今まで聞いたことがありません。幻想的で不気味なイラストも合い重なり、まさに暗い森に足を踏み入れるような気持ちでページを開きました。
 戦争からの帰路、ひとりの兵士が魔女に出会いました。魔女はお金儲けをさせてあげるから、古木のうろの中から火口箱を取り戻して欲しいと頼みます。うろには3つの部屋があり、それぞれ銅、銀、金で埋まった宝箱が置かれていました。兵士は最後に入った部屋で抱えられる限りの金貨と火口箱を持って外に出ます。大量の金貨を手に入れた兵士はご機嫌でしたが、魔女が火口箱の使い道を教えようとしないので、彼女の首を持っていた剣ではねてしまいました。この場面は頭蓋骨が描かれるなど、かなりグロテスクです。この後、兵士は金持ちになり、何不自由ない日々を送ることになりますが……。
 読み終わった後、娘と顔を見合わせた作品でした。勧善懲悪が成り立たっていない、珍しいお話だったからです。殺人(魔女は人間ではないのかな……)を犯した人間が裕福になり、その後、人生の下降線をたどり、死刑にまで直面した後、火口箱のおかげで再び運を取り戻すという展開で、この間、兵士が改心したくだりはまったくありません。人生の浮き沈みは味わいますが、人間的な成長の記述は皆無でした。
 童話だから、と先入観を抱いて読んでいた自分が浮き彫りになりました。これから先何年も、アンデルセンの描きたかった主題を問い続けそうです。「金の切れ目は縁の切れ目」を地で描写する姿勢から、戦後の殺伐としていたであろう社会で運を頼りに生きていた人々の声が伝わると言えば伝わってきますが。この世のありのままを描いた不思議なハッピーエンドに腑に落ちない読了感でしたが、興味深い体験ではありました。
 画家*1はロシア出身で、うっすらとグレイに霞むヨーロッパの街並みや古風ゆかしい宮廷風景を美しく描いています。(asukab)
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  • 影のあるペン画が、人間や世の中の在りようを巧く引き出しています

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