At Night 都会の夜に吹く風は……

 眠れない夜、甘い夜風に誘われて女の子は屋上に向かった。枕とブランケットを運び出し、まろやかな月光に包まれて椅子のベッドに寝そべれば、世界は安らぎに満ちていた。古いレンガ作りのその建物は、対岸に摩天楼を臨む港の一角にある。おかあさんといっしょに育てているトマトや柑橘など、潮の香りといっしょに緑風も漂う屋上は女の子だけの秘密の楽園、と思ったら……。
 子どもにとりこんなすてきな都会の夜もあるのだ、と心をくすぐられた絵本が『At Night』(邦訳『よぞらをみあげて』)だった。大人の手のひら大の小さな絵本に、ささやかな夏の一夜が描かれる。
 手にしてみて「そういえば……」と自分の寝付けなかった夜がよみがえった。なぜか分からないけれど目がさえてしまい、暗がりに浮かぶ天井の染みを見つめたり、カーテンに隠れた窓の向こうを想像したり。時計の針を幾度となく確かめ、なかなか進まない夜の歩調にうんざりしたり。長い夜には終りがなく思え、わたしはそんな夜の存在が嫌いだった。彼女のように一人で夜に浸りきる、そんな経験はなかったと思う。
 女の子を夢に誘った主は、風。このやさしい夏の吐息があったからこそ、夢見心地になれた。最後、お母さんもその香りを知っていたことがすてきだと思った。(asukab)
amazon:Jonathan Bean

  • ニューヨーク在住の作者は、本作品でデビュー。なかなかすてきな感性の持ち主です

At Night

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