くまのプーさん プー横丁にたった家
3月10日に101歳のお祝いを迎え、その春に逝去された石井桃子さん。桜の美しい季節に安らかに逝かれ、子どもの本に大きな業績を残された石井さんに相応しい春ではなかったかと偲びました。
『クマのプーさん プー横丁にたった家』は、作者ミルンが息子のために家のぬいぐるみを登場させて書いたお話集です。わたしは小学4年生のときに出会い、幼いとも思えた自嘲気味の空想癖を100%肯定してもらいました。動物たちの繰り広げるストーリーがとにかく面白く何度も図書館から借り続け、先生から別の本を読むようにと促されてしまったほど。当時、岩波書店のこの本は絶版だったため、イラストを含め全部模写しよう試みていました。確かに原書は赤ちゃんや小さな子ども向けの本ですから、幼いと言えば幼いのです。あれほど夢中になった理由は、いったい何だったのでしょう。
まず自分にとり舞台となる英国の田園風景が、ぴたりと信州の自然に重なりました。いつも親近感がいっぱいで、陽だまりの中でキャラクターたちと出会うような心地よさがあちらこちらに横たわっていたのです。どの場面もまるですぐそこで起きているように思え、楽しくて仕方がありません。これはつまり、楽しいプーさんの世界をそのまま、わかりやすく子どもの心に伝わる言葉にされた石井さんのお仕事が真に素晴らしかったという証明でもありました。
わたしは、この作品を通して翻訳という職業を知り、本を手にするたび目にする「石井桃子」の4字がプーさんの優しいイメージと重なって脳裏に焼きつきました。「ゆきや こんこん ぽこぽん、あられや こんこん ぽこぽん……」や「プー棒なげ」――。口にすれば瞬く間に愉快な気分になれる、不思議で魅力的な日本語だったからこそ、さらに入り込めた世界だったのでしょう。千曲川の土手に小川があり、絵の中の橋とまるで同じ小さな木橋がかかっていて、日曜日の朝、友だちとプー棒なげに興じたりしましたが、「プー棒なげ」だったからこそ、あんなに楽しかったのです。
子どもの読書活動に熱意を捧げ、私財を投じて少年文庫を出版されたことを後年知り、強く胸を打ちました。尊く崇高な人間性であったからこそ、石井さんの書く文章は人々の心に深く浸透し、感動を呼び起こします。
百町森に吹く風が、そのまま田舎に渡ってくるように「くまのプーさん」の世界を伝えたくださった石井さん、楽しい子ども時代をどうもありがとうございました。心から追悼の意を表します。
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石井桃子 - Wikipedia
生誕日に訂正がありました。謹んでお詫びいたします。