こうちゃん

 ずっと読んでみたいと思っていました。タイトル『こうちゃんからして、温もりに満ちているので。けれども読み始めると、想像していたのとは違う、一風変わった気持ちに包まれます。「こうちゃん」って、誰なの? 作品全体にわたる掴もうとしても掴めない「こうちゃん」の存在に、精霊――死んだ弟、幼なじみの男の子、最愛なるわが子――、たんなる子ども時代の追憶、憧憬……さまざまな「こうちゃん」を目にしたように思います。まわりは日本の風景であったり、イタリアの日常であったりで、景色も走馬灯のように表れては消えてゆくのです。次に読むときの「こうちゃん」は、また違う姿の「こうちゃん」なのでしょう。
 柔らかく光沢のある言葉が、こうちゃんを優しく語っていました。こうちゃんはきっと、誰の心にも住んでいるのでしょうね。美しい散文詩を際立たせる静かで濃厚な絵が、また気高く美しいです。
 こうちゃん――実はわが子の呼び名なので、決定的に心惹かれていました。また、祖母が大叔父(実弟)をこう呼んでいて、その親しみのある響きにずっと憧れてもいたのです。本の中のこうちゃんは、わたしの知っているこうちゃんと重なったり、重ならなかったり。
 本文初出は「どんぐりのたわごと」第7号(1960年12月号)と言います。作者33歳のとき。こうちゃんへの素朴な語りかけや問いかけが、子どもの存在をほんのり浮き彫りにしています。(asukab)
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こうちゃん

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