バーナデットのモミの木

 美しい絵と言葉。そこに心のこもった物語が宿っていたら、これほど胸に染み入る絵本はありません。幼少期を振りかえるとき、ときに叙情におぼれてしまいがちな作品の多かったことも否めませんが、絵本の定義は「心を打つ言葉、絵、物語」だったはずと記憶しています。
 そんなことを確かめながら現代の絵本に目を移すと定義が広域にわたり、絵本でさえ心の見えにくい時代なのだと感じずにはいられなかったりします。とくにクリスマスを迎える頃になると。
 なので最近はとくに――常套句ですが――「珠玉の名作」ということで、昔の物語ばかりを追いかけています。そこには時代を問わない真実が描かれているから、でしょうか。さいわい名作は名作と呼称されるゆえん廃れることがなく絵本でも多くの画家が取り組む主題なので、感謝。時間を越えるものこそ本物なので、物語と音楽は同じ宿命に属するのだとしみじみ味わいます。
 『バーナデットのモミの木』もそんな気持ちで手にした絵本でした。「はやく大きくなりたいな」――自分の恵まれた環境に気づかず、つねに憧れを追いかけるモミの木はみごとに人間の仮の姿として描かれます。「ここにいることを、よろこびなさい」と何度もまわりから助言されても、モミの木にその言葉は届きません。助言の聴こえる人生もあるでしょうし、聴こえない人生もあるでしょう。人それぞれの姿があって一人の人間が存在するのですから。
 モミの木の心情を通して、アンデルセンの人間洞察が伝わる絵本です。ほのかにやさしいワッツのパステル画も同時に、人生について深く問いかけてくれます。(asukab)
amazon:Bernadette Watts

バーナデットのモミの木

バーナデットのモミの木