森の中へ

 うす紫のクロッカスが顔をのぞかせ、光る空気はすっかり春。ここ数日、明るい風景にウキウキと胸を躍らせていましたが、今朝は突然の雪景色です。あまりの変貌ぶりに、まるでおとぎ話の世界に舞い込んだかのような錯覚を抱きました。
 (夕べ、ちらほら粉雪が舞いはじめたとき、息子が「やったね、明日はlate start!」と遅延始業を喜んでいました。正直、まさかそれが現実のものになるとは思いもよらず、2時間遅れの登校にすっかり計画を狂わされました。)
 それにしても、24時間以内に春から冬の変化を目の当たりにすると、不思議な感覚に襲われます。雪の魔女が瞬く間に、あたりを白銀の世界に変えてしまったかのような仕業ですから。ほんとうに起きたこと?と疑いたくなったりも。
 『森のなかへ (児童図書館・絵本の部屋)』の光景も、現実なのかおとぎ話なのか、境界線のはっきりしない世界をテーマにしていました。家の中に父親の姿が見えず、不安に陥る少年の心象風景を描写する絵本なのですが、そこにおとぎ話の主人公たちが現れ――ジャックと豆の木のジャック、3匹のくまの金髪の女の子、ヘンゼルとグレーテル――、彼らの置かれた弱さや苦しみも共有する構想になっています。暗く、ひっそりと荒廃した森の中で。
 少年は、赤ずきんちゃんがおばあさんを見舞うのと同じように森の中を歩いていきます。

おばあちゃんの家へ行く道は、ふたつある。森の外がわを歩く
遠まわりの道と、森のなかをつっきる近道。
「森に入っては、だめ。ぐるっとまわって行くのよ」ママがいった。


でも、この日、ぼくははじめて
近道を行くことにした。
だって、
パパが帰ってくるかもしれない。
早くうちに帰って、
待っていたいんだ。

 中表紙から、いたるところに「パパ、かえってきて」の張り紙が。読者は痛々しい気持ちに突き落とされた上、モノトーン鉛筆画で表現された森から否応無しに冷然としたメッセージを受け取ります。これはまさに、孤独な子どもの心理なのでしょう。いつの間にか雪も舞いはじめ、少年といっしょに身も心もすっかり冷え切ったところで、最後は救われるのですけれど。
 色のない森の描写を目にするだけで、人の心も同様なのだと実感できる絵本です。雪の舞った日に思わず思い出し、毎日小学校で出会う子どもたちを目に浮かべながら読み返しました。大人は生きた時間が長い分、さらに暗い気持ちを味わうかもしれませんが、森に隠れているおとぎ話のかけら探しが、ささやかな慰めになることでしょう。さまざまなシンボルが象徴として提示されるので、大人としては深く深く思いのつぼにはまるしかけです。最後の母親の姿が飛びぬけてリアルで、ここで突然、現実に引き戻されます。英国の絵本。
amazon:Anthony Brown

森のなかへ (児童図書館・絵本の部屋)

森のなかへ (児童図書館・絵本の部屋)