Magic Beach

 素描があまりにも上出来で、上から色を塗る気持ちの失せてしまうことがよくあった。たとえば小学生の頃、自分はそこで終わらせたいのに「早く色を塗りなさい」と先生に促されしぶしぶ絵の具のチューブを絞ったことや、これ以上、線や色を加えないほうが作品としてまとまっていると思い単色にとどめながらもしばらくしてから一色塗り、二色目を塗り、三色目を塗り始めたあたりから、塗らなければよかったと後悔したことなど。そこから一歩踏み出すほうがいいのか、止めておいたほうがいいのか。線と色の感触をどう味わうのか、そのときどきの感性が支配する。
 クロケット・ジョンソン生誕百年を祝って出版された『Magic Beach』の素描を見て、そんな絵画の経験を思い出した。コンクリート打ち出しスタイルを想起させる表紙は、ねずみ色の厚紙のまま。真ん中に張られた「MAGIC BEACH」の文字とイラストが布製黒の背表紙といっしょになり、(日本ぽい発想だけど)何となく無印良品のような無機質な温もりをかもしている。『はろるどとむらさきのくれよん (ミセスこどもの本)』的イマジネーションを描くお話のイラストは、すべて下書き。「ハロルド」の初級読本(ビギニング・リーダーズ)版として執筆したけれど、出版の日の目を見ずに終った作品だったからだ。海岸に書く文字が波に消されるとすべて現実の物として現れる展開に、作者はスペル=「つづる」と「魔力(魔法)」の意味を込めつづりの学習を提案したかったようだけれど、受け入れられなかった。
 もし、はっきりした輪郭で着色されていたら、どんな作品に仕上がっていたのか。ハロルドと同様、登場人物のベンとアンと王さまも人気者になっていたかもしれないな。子どもたちが夢中になってつづりの勉強をしそうな気もする。愛蔵版の前書きに、弟子でありジョンソン夫妻と深い交流のあったセンダックが思い出を寄稿している。(asukab)
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  • わたしが手にした版とは異なる表紙

Magic Beach

Magic Beach