『Whale Talk』by Chris Crutcher 読書ノート

 『Whale Talk』(邦訳『ホエール・トーク』)には、わたしが渡米以来感じてきたことがすべて描かれていた。舞台がワシントン州だったこともあるだろう。主人の専攻が犯罪心理学で、大学卒業後は少年拘留所カウンセラーの道に進んだ背景や、教職時代の初期にアフリカ系児童のために創立された公立小学校で教えた経験があったこともある。読了後、出会えてよかったと心から感じた作品だった。わたしにとっては一種のバイブル的なYAになる。作者が小気味いいほどに直球を投げてくるので、メッセージはどれもストンと心のストライクゾーンに収まった。息子が高校生になったら、絶対に読んで欲しい一冊だ。
 主人公TJはスポーツ万能の男子高校生。アフリカ系・日系の混血で、2歳の頃、ヨーロッパ系米国人両親の養子となった。TJの通うカッター高校はスポーツ活動に熱心なことで知られている。OB会を含めた体育会組織は、校内はもとより地元コミュニティーの社会的地位にまで影響を及ぼすパワーを持つ。中でもフットボール部は、その実績から体育会の頂点に立ち、部員たちは優越感と権威誇示で横柄に振る舞っていた。誰もが認める運動能力を備え、入部勧誘を何度も受けながらもTJは体育会には興味がない。自分の人種的ルーツと生い立ちゆえに、エゴイズムと権力闘争に染まる体質に拒否反応を示していたのだ。そんなとき、尊敬している英語教師シメットから、水泳部創部に手を貸して欲しいと声をかけられる。部員を集め好成績を残した暁には、スポーツ優秀選手だけに授与される学校イニシャル入りジャケットが手にできるかもしれないというのだ。体育会の権力体制に疑問を抱いていたTJは、彼を敵視しているフットボール部を見返してやろうと入部を決め、部員勧誘に乗り出した。
 カッター高校は、ヨーロッパ系米国人がほとんどの人口を占めるワシントン州東部に位置している。キャスケード山脈をはさみ、太平洋側に位置するワシントン州西部シアトル周辺はまさに人種の坩堝で革新地盤だが、東側のワシントン州東部はヨーロッパ系キリスト教保守層で占められる。人種間の交流の少ない地域では、もちろん異文化に対する無知が横行する。作中には、アフリカ系、あるいは有色人種に向けられる差別用語が会話にばしばしと登場する。中でもフットボール部OBがTJを蔑称「サンボ」*1を用い見下すページは、冒頭の人種主義者への考察と合わせて忘れられない。家庭内暴力幼児虐待の実態、知的障害・身体障害に対する侮蔑表現など米国社会の恥部がストレートに描かれ、ときに暗い気持ちにも陥ったが最後はさわやかさに包まれた。水泳部員7人が遠征移動のバスの中で心を通わせていく場面が温かかった。TJの父親の哀しさも忘れない。クジラのコミュニケーションに憧れた姿は、まさに聖人そのものだった。
 人種、階級、宗教は、相互無知が理由となりさまざまな軋轢を生み出す。法的に平等でも差別は当たり前の社会。そんな状況下で多感な思春期を過ごす10代は、優等生でない限りやりきれないんじゃないか……。そんな思いもあったけれど、TJや水泳部員たちの生き様を通して、作者は確かに読者を応援していると実感できた。偉大で尊い作品である。人種差別は、人種間での「無知」「優越感」の結果生まれることが、あらためて確認できる。
 TJって正義感にあふれ、かっこいい。前半は一匹狼の彼にどんどん引かれていった。邦訳では、きっと「べらんめい調」で話しているんだろうなあ。そうそう、ストーリー展開はTJの語りで進む。人種を絡めた社会問題の重圧感が淡々と日本語で出せるのか、興味が湧く。(asukab)

Whale Talk

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