洪水と人々

 米国南部メキシコ湾岸の州がハリケーンと洪水被害に見舞われたとき、思い出した絵本が『The Boat』だった。柔らか味のある鉛筆画に、ところどころ水彩で淡く色の点された美しい絵本である。伝えられる中身も美しい。人の心が、そのまま描かれているから。
 町から離れた丘に動物たちと暮らす老人を、人々は変わり者として避けていた。ある時、土地が大雨に見舞われた。降りしきる雨の中、老人の住む丘は、見る間に孤島のように小さくなり沈んでいく。そのとき、一人の少年が、誰も寄りつかなかった丘に向かってボートを漕ぎ出した。「来るな!」と叫ぶ老人の声を振り切って、少年は動物たちを救助し始める。
 少年、老人、動物、町、雨……。どの場面を取っても、やさしい表情を持つ絵の中には迫力が込められている。大胆な構図と的確なデッサンが、鉛筆画の味わいをさらに深めた感じだ。強さと安らぎをあわせ持つ画風とでもいうのか。冷たい雨に打たれた後に交わされる「ありがとう」の、何と温かいこと。
 この週末、ずっと雨が続いていたので息子と読んでみた。読後の第一声は、「ノアの箱舟みたいだねえ」。四十日四十夜海をさまよう場面はこの絵本にはないけれど、洪水の後に得られた気持ちはきっと同じ。きれいな虹も出ていた。
 個人的に鉛筆画の巧みな表現に魅了された。テクニック習得の、最高のお手本になる。見返しにはこすり絵と思われるイラストが示され、最近この技法に夢中になっている娘が喜んだ。(asukab)

The Boat

The Boat