バイオリンを弾く姿勢とハンド・ポジションを確認するため、寝室から居間に全身鏡を移した。「弾くときの姿を鏡で確認するように」とは息子が小さな頃に先生から受けたアドバイスだったのに、今の今まで実行していなかったとは不真面目な親の証明そのもの!と反省しながら。
 鏡の場所を変えただけなのに、なんだか家の間取りが変わってしまった印象を受ける。今までベッドの横にあった空間が、そのまま居間に移った。鏡の繰り出す不思議な空間――。
 子どもの頃、祖母が着付けをしていたので、うちには鏡がたくさんあった。全身鏡ふたつと三面鏡ひとつ。今から振り返ると、わたしはいつも鏡をのぞいていた。三面鏡の向こうの向こうのずっと向こうまで続くくぐり戸の道に魅せられて、ずいぶんな時間を費やしていたのではないかと思う。
 日常の一風景として働く鏡ではあるけれど、時間といっしょに重なると、とてつもない次元に誘う魔法の入り口になる。