The Wall: Growing Up Behind the Iron Curtain かべ

 『The Wall: Growing Up Behind the Iron Curtain (Caldecott Honor Book)』は共産主義国チェコスロバキアから西側に亡命した画家ピーター・シスの半生を描く自伝絵本である。夏に読んでおきながら、ついにここまでレビューを書かずにいた理由は、忙しいこともあったけれど、いとも簡単に書けない題材であったからだ。
 人の一生が左右される政治的事件を、他人事だと眺める態度は、傲慢極まりない。それは中東アラブやアフリカ諸国の現状をどう受け取るかにもつながってくる。
 子どもが生まれたとき、わが子のために最高の環境を、学校を……と目の色を変えて奔走する母親たちを目の当たりにしてたびたび違和感を抱いた。もし生まれた地が戦禍の激しい地域だったら、エイズ渦に苦しむ村だったら――。恵まれた環境下で「もっと、もっと」と貪欲にわが子のことしか考えず、目の前の事象を片付けるだけの表層的な幸福が白々しく映った。だから自分は質素に、小さく、無駄をせず、確かに生きる。世界でもっとも自由な国に住み、地球上の苦しい母親たちとつながる方法は、それしかないと感じた。
 シスが旧ソビエト体制を風刺した絵本は、折も折り、米国南部の公民権運動とその背景に根付く体質を想起させた。なぜKKKという人種差別殺人集団があからさまにまかり通っていたのか――。答えは単純で、皆KKKを恐れていたからだ。歯向かうと命が危険にさらされるので、南部では誰も抵抗できなかった。当時、KKKだった白人家族って今、何してるの? 過去を恥ずかしいと思わないわけ? 信じがたいことにKKKには現在、ウェブサイトまである。
 逆に公民権運動に命がけで参加した白人たちは、さぞかし名誉に感じていることだろう。米国南部で起きた数々のリンチ事件はまさにこの国の恥部で、時間の経た現在、もっと脚光を浴びていいはずの殺人事件が多くあるにも関わらず、歴史の闇に葬り去られようとしている。つまりは「そういうものだから仕方ないでしょ」という傲慢な無感覚が、平和を踏みにじっている。
 シスの絵本を読み、いろいろな思いが頭を過ぎった。子どもが高校生になったら、読んであげたいなと思った絵本。今じゃまだ、息子でも理解できない。事実は理解できても、直接ハートに伝わらないだろう。
 イラストはコミックのようなコマ割りで横に注釈の付くページが多い。シスのスタイルらしい、細かな部分を見ながら読みながら味わう絵本である。(asukab)
amazon:Peter Sis

  • 一画家の生き様を通して貴重な歴史を伝える秀作自伝絵本

The Wall: Growing Up Behind the Iron Curtain (Caldecott Honor Book)

The Wall: Growing Up Behind the Iron Curtain (Caldecott Honor Book)