Hansel and Gretel 魔女の内面を描く心理童話

 表紙のキラキラ加工が砂糖菓子のようで、子どもが喜びそう。しかもイラストはブルーカンガルー・シリーズ*1のエマ・チチェスター・クラークとあり、これはよい感じ……と吸い込まれるようにして手にした『Hansel and Gretel』。しかし、明るい多色使いのイラストとは裏腹に、このヘンゼルとグレーテルは「魔女」の存在に焦点を定め、語りは一人称ではないのですが、醜悪な心理をときに情趣を添えて淡々と暴く心理童話だったのです。
 物語は冒頭で、幸福一色に包まれた一家を紹介します。ヘンゼルとグレーテルの父親ガブリエルと母親リゼッテは、森の自然に育まれ、愛に満ちた家庭を築き、幸せに暮らしていました。魔女のべラドンナは、その幸せが憎くて仕方ありません。特に、ハンサムな夫とかわいい子どもたちに囲まれ、みなから愛されている美しい妻リゼッテは、自分にはないもの全てを手に入れています。嫉妬の嵐に狂う中、ベラドンナはリゼッテを川岸の柳の木に変えてしまい、自ら継母として家庭の中に入り込むのでした。しかし、化けた美貌で父親ガブリエルの心を勝ち取りはしたものの、子どもたちはなかなか自分になつきません。そこで、自ら起こした飢饉を理由に生き延びる知恵として、ヘンゼルとグレーテルを森の中に捨て去るよう夫に迫ります。以降は、原作とほぼ同様の展開で進みますが、常に魔女の心理が悪のつぶやきとして表現される、今までにない視点が新鮮でした。
 児童向けなのでしょうけれど、ベラドンナの存在があまりにもリアルで、少々クラクラ。ただ、それだけに文章は読ませます。情景が一瞬にしてイメージ化される、言葉の力を湛えた筆致は、さすがとしか言いようがありません。そこに水彩と色鉛筆のやさしいイラストが加わり、今までにないヘンゼルとグレーテルに仕上がったことは確かでしょう。オオカミの住む暗い森は迫真の描写で、子どもはハラハラ、ドキドキ、幼い兄妹を憂い、応援しようとするに違いありません。一方、お菓子の家でのやりとりは、かけ合い言葉遊びのようで、魔女の醜さと対照的にユーモラスな印象。ところどころで見られる表現のスパイスが、作品に豊かな味わいを添えていました。また、登場人物たちの衣装が連続模様をあしらったチロル調で美しく、わたしはそんなところにも魅せられました。
 おとぎ話は現代人がどう解釈するかにより、見えてくるイメージが異なります。そのようなアレンジを心行くまで堪能する一冊と言えるでしょう。英国の絵本。
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Hansel and Gretel

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