古代エジプトのおとぎ話

 『Egyptology』というノンフィクション仕掛け絵本が人気である。英国の絵本で、エジプトの古墳発掘の様子や歴史が手紙や文書などの仕掛けを用いてふんだんに紹介されている。ニューヨーク・タイムズ紙の児童書トップ10入りも長い。息子の購読する雑誌は古代エジプトを特集。娘がツタンカーメンの写真を掲げて驚いている姿を見て、何だかわたしにもエジプト熱が移ってきた。
 うちにもエジプト関連の絵本がないかな〜と見てみると、『運命の王子―古代エジプトの物語 (大型絵本)』があった。これは、3000年以上も前に書かれた世界でもっとも古いおとぎ話の1つと言われている物語を、エジプト学者である作者マニケが絵本にしたものである。出典のパピルス文書には象形文字で記されていただけなので、イラストはすべて彼女が当時の絵と照らし合わせて付け加えた。登場人物はすべて推理なので真偽のほどは定かではないものの、実在した地名、王族の名称からは古代へのロマンが掻き立てられる。
 物語の流れ自体はまさに「おとぎ話」で、ときに都合がよく、ときに突拍子もない展開に見舞われる。パピルスの巻物は途中ワニが登場するところで破られていたので、その後は作者が古代の書記にならって話を結んだと巻末に記してあった。
 後継ぎを欲しがっていた王夫妻が授かった男の子は将来、「ヘビかワニか犬にころされることになっている」と運命を告げられる。殺されては大変と王夫妻は王子を特別に建てた石の家に住まわせるが、王子はある日「どっちみち、わたしの運命は、決められているのです。どうか、その運命にあうまでは、じぶんのやりたいように、させてください」と頼み、旅に出る。途中、運命の天敵である、犬、ヘビ、ワニはもちろんのこと、美しい王女も登場して、最後は古代信仰に従いめでたしめでたしとなる。作者の遊び心を伴なう古代形式での締めくくりが洒落ていた。「……書き手であるマニケの手だすけで、お話はしあわせな終りをむかえました。これをわるくいう人は、書き手の神さまトトを相手にまわすことになるでしょう。」
 全ページ、象形文字とともに記された絵本は、巻末の説明を読んでさらに生き返る。イラストは、石の板に彫られた浮き彫りから作者が写し取った。たとえば、主人公の王子はエジプトの古い都テーベで出土して、現在は米国クリーブランド美術館に保管されている砂岩のかたまりに彫られていた顔をモデルにしたそうだ。このように模写した彫り物の発見された場所と現在の所蔵地をすべて記すところは、一種の博物館ツアーに参加しているような趣になる。 
 息子もストーリーの流れよりも大男の彫刻だとか、犬、ヘビ、ワニの象徴の意味など、お話の裏に潜むエジプトの古代信仰や文化、風習の姿を楽しんだ。11ページに及ぶ解説が親切だし、エジプトに興味が湧く一冊と言える。大英博物館に行ってみたいなあ、とそんな気持ちにもさせられた。(asukab)