Biscuit Bear の秘密

 「ビスケット」という言葉を耳にして心ときめかない子どもはいないはず……って、これは独断と偏見による決め付けだろうか。「ポケットの中には〜〜」の「ふしぎなポケット」はムーミンと並んで幼少期のテーマソングだったし、少なくとも記憶の中で「ビスケット」には夢とかときめきとかワクワクするものが弾けるほど詰まっていた。今でも、母と弟といっしょに楽しんだクッキー(ビスケット)作りの思い出は忘れない。
 新陳代謝のにぶる年齢を迎え、「ビスケット」と聞いて素直に喜べない自分が今いるけれど、絵本『Biscuit Bear』を知ったとき、「ビスケット」と「ベア」のドッキングした言葉の響きだけで昔のときめきがよみがえった。
 無表情でなんとも愛しいビスケット・ベアの姿をアマゾンUKで目にして、これは赤い糸……というよりは虹色の糸で結ばれた運命の出会いだと直感し、ますます気持ちが高まる。英国の子どもたちによって投票されるスマーティーズ賞(5歳以下)2004年金賞作品だったことも拍車をかけた。子どもの目は確かだもの。この絵本は北米では出版されていないので、いつものように書影をにらみながら注文すべきか悩む日が続いた。何しろ発売予告のされていたペーパーバック版表紙がかわいくて、ハードカバーにするか、ペーパーバックにするか、これにも迷ってしまったから。そんなこんなで日が過ぎたころ、幸運にもプレゼントでこの絵本をいただく機会があった。感謝!
 ビスケット・ベアの生みの親は、小さな男の子ホーラス。ビスケットの生地を真っ黒になるまでこね回すところは、典型的な子どもの活動結果でほほえましい。ある日、ホーラスはお母さんからクマ型のビスケット・カッターをもらい、喜んで型をくりぬき目と鼻をつけた。この無造作な造形がいかにも子どもらしくていいんだなあ。焼きあがって食べようとするところでおあずけになる恨めしそうなホーラスの表情は、この作品全体をおおう大事なテーマ――「ビスケット」が食べたい――である。でも、ホーラスはおりこうさんだった。ちゃんとお母さんのいうことを聞いて、食べずに我慢できたもの。その夜、枕元に厳かに置かれたビスケット・ベアは魔法がかけられたかのように目を覚まし、仲間のビスケットたちをたくさん焼き上げた。夜のキッチンで繰り広げられる、芳ばしいビスケット・サーカス団のにぎやかなことといったらない。華やかな空中ブランコあり、手に汗握るナイフ投げあり、ビスケットたちのおしゃべりといっしょに究極の夢の世界はくるくると回る。甘い世界を渋めの色合いでユーモアいっぱいに描くイラストが生きている。ところどころで目にする写真コラージュが臨場感を加味して、バニラやらジャムやらの香りさえ漂ってきた。
 昨日絵本を受け取りさっそく子どもたちといっしょに読みたかったのだけれど、彼らは今日から主人の実家に遊びにいってしまった。わたしは仕事なので、在シアトル。毎年のことなのでもう慣れっこだが、今年はビスケット・ベアのおかげてたまらなくいっしょにクッキーが焼きたい衝動に駆られるなあ。帰りが待ち遠しいよ〜。ビスケット・ベアは味覚の悦びはもとより、焼き菓子作りに引き込まれる秘密をシュールに教えてくれる。(asukab)

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Biscuit Bear

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  • ペーパーバック

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