これぞ米国ジャズ絵本! ビーボップ・エクスプレス『Bebop Express』

 ベースボール、ジャズ、女性関連のテーマは、もっとも米国らしさの表れる3大文化カテゴリーとして定義できるのではないか。だからかどうかは知らないが、この分野の絵本にはイラストも文章も魂のこもった力作が多いと感じていた。ジャズ絵本『Bebop Express』を読み、その思いはますます強くなる。
 ニューヨーク発ビーボップ急行は、米国一の賑やかな急行列車だ。乗客の中にはサクソフォン奏者が1人。粋な音色が列車の音とともに聴こえてくる。フィラデルフィアでは激しくリズムを繰り出すドラム奏者、シカゴではひたむきに弦をはじくベース奏者、そしてセントルイスではひばりのように輝き歌う歌手が列車に乗り込んだ。4人が目指す地は、ジャズの街ニューオリンズ。「チャガ、チャガ、チャガ、チャガ、チュウー!チュウー!」――列車に揺られながら、華やかなジャズ競演は続く。乗客は明るいジャズの調べに乗り、さらに幸福感を増していく。ジャズあればこその、乙な人生を謳歌しながら――。
 作者のパナヒは米国の多様文化をたたえる児童書を多く執筆している作家で、絵本はこれがデビュー作になるという。なるほど、この豊かなジャズ文化を描くためには、そんなマルチ・カルチャーを知る目が必要だったのだ。ジャズといえば大人の文化なのかもしれないが、韻を踏んだ言葉のリズムと弾ける擬音語はみごとに子どもの目線で音楽のエネルギーを表現する。新しいミュージシャンが列車に乗り込むたびに彼らの演奏ぶりと簡単な街の紹介がなされ、興味はどんどん駆り立てられていく。 
 そこに誇張描写を含む写実的なコラージュのイラストが加わるとどうだろう。コラージュはモザイクのように切り貼りされ、微妙な角度のずれを活かしながら巧みに即興ムードを生み出している。写真、楽譜や印刷物が細部に織り込まれ、目をこらして眺めれば視覚のジャズも堪能できるような趣向だ。登場するミュージシャンたちはチャーリー・パーカーやビリー・ホリデーらを想起させながらも、故意に明記はされていない。そんなところにも、多くの人々にジャズ急行を楽しんでもらおうとする作品の奥行きの深さが感じられる。絵本の中でのジャズ・セッションは、言葉と絵の競作により耳に聴こえるジャズ以上にジャズらしさを再現した。
 言葉にうるさい主人が「詩がいい」とほめるぐらいなので、これは優れものの1冊である。ちなみに画家コンビは、スース作『My Many Colored Days』(邦訳『いろいろいろんな日*1のジョンソン&ファンチャー夫妻で、納得の秀作になる。
 ちょうどこの絵本を手にした頃、ニューオリンズをはじめ米国南部は、ハリケーン・カトリーンで壊滅的な被害をこうむった。仏文化の香る洒脱なジャズの街には、今宵どんな時間が流れているのだろう。ビーボップ急行のジャズの調べが、悲しみに打ちひしがれる人々の心の支えとなりますように。義援金は、アマゾン経由赤十字と教会を通して送ることに決める。(asukab)

Bebop Express

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