中世に旅する

 『The Travels of Benjamin of Tudela: Through Three Continents in the Twelfth Century』は、12世紀に実在した北スペイン、トゥデイラ在住のユダヤ人ベンジャミンの旅行記を絵本化した作品である。マルコ・ポーロが現れる1世紀前、ヨーロッパから聖地エルサレムを訪ね、未知の国、中国の話を聞き帰ったベンジャミンの実録は、中世期の地中海、中東アジア地方を知る歴史的資料としても希少価値があるものだろう。現に、制作にあたってはテルアビブ大学など多くの関連リサーチ機関の援助を経てベンジャミンの足跡を追ったと記されている。シュルヴィッツ渾身の大作。表紙を見たとき、そう直感したけれど、実際息子といっしょに読んでみて、そのとおりであることは1ページ目にしてすぐにわかった。
 ときは1173年。14年の歳月を費やした大旅行を終え、ベンジャミンは故郷の地を再び踏む。1159年、スペイン・トゥデイラを出発した彼は、フランス・マルセイユ、イタリア・ジェノバを経てローマへ。その後、コンスタンチノープルに滞在し、エルサレム。アラブ文化の中心地バグダッド、古代都市バビロンに滞在し、ペルシャ湾、紅海、カイロ、シナイ山アレキサンドリアを経た。
 ページにより複写機利用のコラージュと切り絵が見られたり、厚く塗り込む画風が見られたり……と、道中の描写には変化に富む手法が用いられた。長丁場の作業であったことが伺え、同時にベンジャミンの長旅に共感しながらの作風とも読めた。
 中世と聞くと暗く寒い時代という印象が深く刻み込まれ、太陽も空に輝いていなかった光景を思い描いてしまう。でも行く先々で見たこともない光景を目にし、まだ知らぬ地の話を聞き、聞きなれない言葉を耳にした旅人の好奇心と求知心は、そのたびにときめいたり、揺らめいたり。もちろん、ベンジャミンの頭の上に太陽は空に輝いていたのだ。盗賊や野生の動物、暗殺、飢餓、暴風雨といった危険に見舞われる旅は、幸運も手伝って成し遂げられる。
 当時のユダヤ人を取り巻く社会的状況、民族間の力関係も描かれ、とても興味深かった。法王に見えんとする巡礼者たち、風任せの船旅、豪華な金刺繍の服に身をまとったコンスタンチノープルの人々、アサッシン暗殺団、十字軍、アラブ人に扮装して訪れたバグダッドなどなど、印象に残る場面を挙げたらきりがない。特に、コンスタンチノープルバグダッドの華麗で豪奢な都市の様子は何度も読み返したくなる描写だ。「ユダヤ教徒キリスト教徒、イスラム教徒たちの心のよりどころであるエルサレムは、わたしが夢見た町とはまったく違っていた。地図に世界の中心と示された場所は、小さな町! 規模も壮麗さもローマやコンスタンチノープルとはまったく違う」――。ベンジャミンはエルサレムに到着した印象をこう記した。
 作中話がいくつか登場するので、子どもはますます引きこまれる。長い旅行記なので、一夜ずつ、歴史を振り返りながら読むのがいい。10歳前後の小学生に向けに、中世期の旅の様子がわかりやすく1人称で語られている。
 わたしはこれから飛行機10時間の旅。急いで書いたレビューで少し心残りである。戻ってからもう一度じっくり、史実と照らし合わせながら読み返そう。実際、ベンジャミンの記述には事実のみが記され、状況を取り巻いた危険などに詳しく言及されていなかったそうだ。そのあたりは歴史検証を細かに行い、作者が共感を持って臨場感を演出した。監修、調査に携わった人々のリストを眺めるだけでも、いかに大作であるかが証明される。(asukab)

The Travels of Benjamin of Tudela: Through Three Continents in the Twelfth Century

The Travels of Benjamin of Tudela: Through Three Continents in the Twelfth Century