I Am a Backhoe 子どもの時間

 "I Am a Backhoe"を読み、子どもたちが小さかった頃を思い出した。遊びながらひとり言をつぶやく、イマジネーションがいっぱいの子どもの時間のことを。
 絵本では、男の子が「はたらく車」になりきって空想に遊ぶ。表紙はバックホー。手で無心に砂をかきあげる姿に、「ぼくはバックホー」と言わんばかりの喜びが表出する。小さなおもちゃの山を押し動かせば、ブルドーザー。おもちゃをひもで吊り上げたら、クレーン車。おもちゃの入った箱を背負って後ろ向きにすべり落とすダンプトラック。でんぐり返しのローラー車。そこにお父さんも登場して、ここから親子のはたらく車ごっこが始まるのである。
 児童書評誌で「〈魔法の杖〉で生活の何気ないできごとに触れ、とびきりすてきな絵本に仕立て上げる才能を持つ」と高く評価されている作者は「日常の魔法使い」と称されてもいる。本作品を読めば、それは一目瞭然で、わたしも同感。とかくクリエーターはネタ探しにあれやこれやと奔走しがちだが、素材は日常にいくらでも横たわっているものだ。(短歌でも、平明な言葉で心に響く歌を詠むために、この視点が大切とされる。)
 イラストはコンピュータ・グラフィック処理で非常にストレートな描写。わかりやすさから共感が生まれるし、子どもはこの明快な世界が大好きである。
 後半、お父さんの登場した場面がすてきだった。このお父さんも子どもの頃はきっとこうやって遊んだはずだから。働く自動車の働きっぷりを、時間のたつのも忘れて親子で見入ったその昔。子どもの視線と懐かしい時間を、ふたたび思い起こした。
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I Am a Backhoe

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