イチロー・マジック

 日曜日は、息子がリトル・リーグの友だちとマリナーズ観戦。チームは昨季に続きいまひとつの成績だけど、この日はピッチャーの好投でパドレスに勝つことができた。よかったね。まぶしい太陽の下、ボールの弾ける音とともに歓声が起こり、総立ちとなるベースボールの興奮、熱気はここでなければ味わえない。わたしはセーフコフィールドに吹く潮風も好きだなあ。この匂いをかいで初めて、ここはマリナーズボールパークだよ、と実感できる。……そして、もちろんイチローの活躍も、当地になくてはならない。
 幸運にも『Dear Ichiro』(邦訳『イチローへの手紙』)の作者と直接話す機会に恵まれ、この絵本誕生の背景をうかがったことがある。彼女のご主人は日系人。自分の親族には太平洋戦争で亡くなった叔父さんがいて、一族内には戦争という過去から生じた気まずさが常に存在していた。同時に、折に触れて目にする米退役軍人たちの反日感情にも胸を痛めていたという。そこにイチローがやってきた。セーフコフィールドで球場が一体となった「イ・チ・ロー!」の大声援を体感し、「これは奇跡だ」と感動したことが作品誕生のきっかけになった。
 作品中、孫のオリバーといっしょにマリナーズ観戦に来たおじいちゃんの一言がすべてを物語る。「日本から来た野球選手をアメリカの球場で応援することになるなんて、おじいちゃんが軍隊にいた60年前には夢にも思わなかったよ」――。これだけの年月を要するのだから、戦争の与える傷って本当に深いのだ。その傷を一人の野球青年があっという間に癒してしまった、この事実はとてつもなく大きな、まさに許しという名の奇跡なんだろう。
 野球というスポーツはヨーロッパ系社会の米国にあり差別を受けていたアジア系、とくに日系社会では大きな役割を果たしたスポーツだ。日系社会の結束を深め、日本語を話す一世と英語を話す二世の橋渡しをし、厳しい社会状況にあるコミュニティーに心休まる娯楽のひとときを提供した。イチローや佐々木、長谷川がやってくるずっと前、ここには日系・日本人だけのリーグがあり、週末になれば鈴木さんや佐々木さん、長谷川さんたちがプレーしていた。(asukab)

イチローへの手紙

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