泥まみれのホームラン『Mudball』

 1903年春、3点差を追うミネアポリス・ミラーズ最終回2死満塁のチャンス。ここでアンディ・オイラーに打順が回った。対する相手は、セントポール・セインツ。リーグ一小柄なオイラーは相手チームファンから野次られる。打撃成績はずっと振るわず、どんなにがんばっても安打が出ないことから、降り始めた雨の中、ここはオイラー自身も弱気になっていた。あと1アウトで試合終了とあり、試合は一時中断の後、継続された。雨脚はどんどん激しくなる。ピッチャーが投げた。ところが雨のため手がすべったのか、ボールはオイラーの頭に向かって飛んできた。三振だけはするまいと必死で振ったバットにボールが当たる。「カーン!」――。誰もがその音を聞いた……。
 さあ、何が起きたのか。主人はその後のできごとを息子に想像させていた。2死満塁、雨、泥、ボールの当たった音……、連想できるものは何だろう。
 作者マット・タヴァレスは『Oliver's Game (Tavares baseball books)』『Zachary's Ball (Tavares baseball books)*1に続き、『Mudball (Tavares baseball books)』をもって、ベースボール絵本3部作ともいえそうな作品群をラインアップさせた。これを記念して、本書にはそれぞれの主人公オリバー、ザッカリー、アンディ・オイラーのベースボール・カードが各1枚ずつおまけにつく。丁寧な鉛筆画、パステル画は3冊すべてに共通するところだが、最新作にはブルー・グレー、ペール・オレンジの着色がなされ、セピア色、モノトーンだった前2作品とは少し趣向が異なって見えた。きめ細やかなパウダーで描かれたような柔らかな仕上がり具合は、米国球史を語るにふさわしい品格を備える。何かこう、絵本の中に時の流れが感じられる画風なのである。
 こういうローカルで小さなエピソードが1冊の絵本になり読み継がれていくところに、わたしはMLBの歴史と社会的意義を感じている。野球好きな人だったら、老若男女にかかわらず誰もが話題にして語り合いたいできごとだもの。アンダードッグががんばる姿は目に見えない力を沸き立たせてくれ、素直に応援したくなるものである。地元ミネソタの人々にとり、小柄なオイラーが野球人生を謳歌した生き方は誇り以外の何ものでもないだろう。(asukab)

Mudball (Tavares baseball books)

Mudball (Tavares baseball books)