MEI LI 1939年

 『Mei Li』は、1930年代の中国を垣間見ることのできる歴史的価値の高い絵本である。作者である画家トーマス・ハンドフォース(1897-1948)は文学・芸術など教養分野で優れた実績を残した人に贈られるグッゲンハイム奨学金を受け1931年、極東研究のため中国・北平に在住した。この絵本には、主人公の女の子メイ・リーと兄サン・ユーが過ごした新年準備の一日が美しい銅版画のイラストとともに克明に記される。
 メイ・リーは、新年のお祝いに街に出かけたくてしかたがない。お兄ちゃんのサン・ユーは街へお使いに行くのに、自分は家でお留守番。でも、メイ・リーは3枚の硬貨と3つのビー玉を握りしめ、こっそりお兄ちゃんの後をついて行った。
 市街地は、高い壁に囲まれていた。夕刻になると門が閉まってしまうので、その時刻までに戻らないといけない。メイ・リーとサン・ユーは決められた時刻まで新年祝賀の雰囲気を満喫するのだった。
 壁の向こうはまるで別世界。馬乗りや熊の見せ物、竹馬やアクロバットなど、見たこともない余興がメイ・リーを魅了した。何といっても特筆すべきは、見返しの大きな地図。メイ・リーの家、新年を迎える街の様子(これはまるで余興のガイドマップのよう!)が描かれ、北方には万里の長城まで見える。メイ・リーたちの行動が一目瞭然なので、地図を見ながら彼らの行動を追うと臨場感がさらに高まった。
 今から約75年前の中国。日中関係をさかのぼると、1931年は関東軍が中国東北地方・華北を制圧下に治めた満州事変の年である。溥儀の生きた時代の北平って、どんなだろう。そう考えるとぐっと興味が深まり、お話の筋よりも登場人物たちの生活の場を垣間見れることに意義があると思われた。いっしょに読んだ息子にも、イラストひとつひとつを指差し、そんなことばかりを強調してしまった。服装、髪型、家の中、通りや建物の様子、持ち物……最初から最後まで、もっと言ってしまえば表紙からすでに「絵」に目が吸い寄せられていたから。
 物乞いの女の子が登場したり、ちょっぴり女の子が見下げられる箇所などは時代性を反映している。『ちびくろさんぼのおはなし』的なレイシズムには至らないけれど、どちらかといえばこちらも文化人類学的な目的で読むのが適していると感じた。
 冒頭の詩がとてもいい。小さな女の子を見つめるお母さんのまなざしが感じられ、国や時代が変わっても母親として同じ気持ちが共有できた。
 2週間も前に読んだ絵本なのに、記録がだいぶ遅れてしまった。読んですぐ書いたほうがよかったなあと反省。エッチングのイラストがとにかくすばらしい。ハンドフォースの絵画は、今でもあちらこちらで競売にかけられている。表紙は、アマゾンで。邦訳『メイリイとおまつり』(1967年、ポプラ社)は現在品切れ。(asukab)